エンブレム問題は危惧したとおりになったね。組織委が会見を開くほどにどんどん真っ黒になっていったわけだが、イメージ写真はパクリ確定、原案からして限りなくクロ。そもそも、原案を修正するというのがおかしい。それじゃコンペの意味がないわけで、最初から決まっていたと勘ぐられてもおかしくない。
そもそもおかしいことが多すぎ。あの原案がいいっていうのがね。決定をした審査委員会のセンスも疑うが、組織委には情報収集ができる人間もいないことが明らかになった。最初の時点でせめて採用をペンディングすれば、被害も多少は少なくて済んだはずなのにね。まあ、なにしろ会長があの森喜朗だからなあ。
組織委員会もだが、都知事がまたひどい。疑惑が持ち上がった時点で「法的には問題ないのでこれで行きます」と強硬姿勢を見せていたが、一転「私は採用するのはどうかと思っていた」と述べる。ほんとに信用ならん奴だな、こいつは。
今回の一件は小保方事件と同じだね。本来オリジナルなものをつくれないただの人がパクリでのし上がって多少は有名なデザイナーとなる。でも、小さな世界で生きていればバレずにやっていけたものの、虚栄心に負けてしまって身を滅ぼすと。まあ、ひょっとしたらもっと若い頃は青雲の志を抱いていたかもしれないけど、一回禁断の実を食べてしまうと後戻りができなくなる。そのときからもう、こうなる運命は決まっていたのだと思うね。
こういうことにかんしてだけは僕の場合は心配要らない。オリジナルすぎて受け入れられないもんな。それにパクられるほうだし。あれはほんとに気分悪いものなんで、ベルギーのデザイナーの気持ちもわかる。決してお金の問題じゃないんだ。僕もあるときはがまんならなくて、弁護士と相談の上、内容証明送ったことがある。ほんとはそんなことするの面倒で、エネルギー使いたくもないのだが。許しまじ、ということもあるのよ。それも偶然目にしたんであって、世の中のストレス本とか、読まないけどけっこうやられてるんじゃないかと思う。
それから、僕の場合、パクリはしたくてもできない事情もある。自慢にはならないが、心理系の本をまったく読まないからだ。読むのは知り合いから贈られた場合だけ。参考にしようにもできないのだ。
今回はネット社会の大きな特徴があらわれた。みなこれには感謝したほうがいい。なぜなら、白紙撤回が遅れるほどその損害は多大になるからだ。訴訟を起こしたベルギー側には、ヨーロッパ最強の一人とも謳われる弁護士がつく。あれだけの酷似、原案はそれ以上、そして過去のパクリ疑惑があり、ベルギーはおろか世界中で敗訴するだろう。これが佐野氏ひとりの責任という場合はともかく、今回は、いまのうちにベルギー側と交渉し、取り下げてもらうのが一番である。まあ、組織委は事の重大さがわかってなかった人の集まりのようだから期待できないけど。
しかし、デザイナーの家族とかへの攻撃はひどい。これはぜひやめさせなきゃいかんが、軽い気持ちでも悪いことするとこういう目に遭うということだ。どんなことでも自力でマジメにやらないとね。
都知事の無様な転び方もナンだが、橋下大阪市長もこれまただ。政治家は辞めるといったのが7月、党は割らないと言った2日後に離党、どうも新党を立ち上げるらしい。大阪の人たちはいったいこれをどう見てるんかね?
とこれを書いたのは水曜日。木金と仙台に出張だったので、書く時間がないと思って書いておいたのだが、その後の情報によれば、エンブレムについてはそもそも博報堂コネクションでの賞のたらい回しによるものとわかってきた。審査委員会もズブズブ。やはり出来レースだし、そもそも彼には特別な才能などなく、これまでのすべてがコネとパクリでやってきたと推察されるな。小保方事件と同じ。
一方、芥川賞の「火花」だが、新幹線で読んでみると「これが芥川賞とっていいのか?」と思った。芥川賞もさらに地に落ちたなとも思うが、こちらは意図的なものなのでしかたない。ずっと以前から、本離れ、文学離れを食い止めるために、文学界、文芸誌は無理くりにスターをつくろうとしてきた。10代の女の子に賞を取らせるとかね。
だから今回のチャンスを逃すはずもない。普通なら候補になるのも難しいところを、思い切って受賞させた。これは一応成功したね。まあ、そういう事情をくめば、これはインチキとも言えない。これによってほんとに書籍関係や文学が活性化するんならね。
でも、「火花」は表現も稚拙だし、まあ、あまり読ませる小説とも言えない。「火花」も散ってないし。同じお笑いなら、劇団ひとりの「陰日向に咲く」のほうがはるかに上じゃないの。
まあとにかく、世の中はウソとインチキで覆われているものだ。その中から本当のところを探すのは簡単ではないな。40年前の原発で溶融事故が起きたときの被害想定資料が最近出てきたが、現在のレートで言えば59兆円という金額である。福島のことを考えるとだいたい合っているのでは。あまりに巨額なので国はこれを隠していたわけだ。国家機密でもないのに、こんな大事なことも国民には隠される日本社会であった。イギリスでは、国民は政府よりもBBCのほうを信頼しているらしいが、そういうほうが健全だね。