予想通りドイツの優勝で幕を閉じたW杯だが、それよりも僕はロードレースに夢中になっている。しかも、MVPは、メッシではなく、ドイツGKノイアーのほうがふさわしいのではないのか? 順番をつければ、ノイアー、ロドリゲス、メッシのように思うし、しかもノイアーは僕の中では断トツである。
特にうなったのは、ブラジル戦だったか、右サイドを抜けてきた相手の近い位置からのシュートを、右手を出しつつ、外れると見切って引っ込めたシーンだ。これが一番すごかった。右手を出せば確実にボールを弾くことはできたが、そうすると相手にこぼれ球が渡ってしまう可能性もあった。ノイアーは一瞬そこまで考えたのか、見送ってゴールラインを割らせた。数々のスーパープレイはあったが、これが一番印象深い。何しろ、7-1の圧勝なのだが、実はシュート数は14×18でブラジルのほうが多かったのだ。もちろん、単純比較だが。
僕の場合、ツール・ド・フランスはJ・SPORTSで観るわけだが、第10ステージのゲストが「弱虫ペダル」の作者渡辺航だった。この局の解説はいつもちょっと緩くて面白いのだが、このときはさらに楽しかった。ときどき小野田坂道君の話題が出たりね。
このステージ、最後には前々日までのマイヨジョンヌだったチーム・アスタナのエースであるニーバリが豪脚を繰り出し、ゴール前の激坂をもろともせず勝った。マイヨジョンヌとは、レース経過の中でそこまでの総合1位だけにに与えられる黄色いジャージーのことで、「マイヨジョンヌだった」とはそのマイヨジョンヌを着ていたということである。
ちなみに、90年代前半、JRAにマイヨジョンヌという馬がいて、これがけっこう強くて重賞を2~3勝したように記憶している。そのとき、いったいどういう意味なんだろう?たぶんフランス語だなと調べ、ああ、そういう意味なの、いい馬名じゃんと感心し、ロードレースに興味ない僕の数少ない知識となった。
さて、その10ステージ、ニーバリの豪脚にも驚いたが、そこに至る経過がすごかった。とくに、オメガファルマQSのトニー・マルティンは、長い時間一人で先頭集団を引いたが、実は前日も同じように先頭を引いて独走を決め優勝している。この日も、果敢に先頭をひた走ったが、残り20キロからの山岳コースに入るやいなや見る間に力尽きていった。そのヨレヨレに変わり果てた姿は、まるで産卵を終えた鮭を思わせ、一瞬は哀れを誘うのだが、しかし、つねに自分のスタイルを崩さない潔さを思うと何よりも美しく見えた。
僕はいままで、産卵を終えて死んでいく鮭の姿を哀れとしか思っていなかったように思う。でも、この日のマルティンを観て、これからは美しいと思えるかもしれない。
こういう見方の変化というのは、自分の人生にとって収穫なことだなあ。そういう点で昔なるほどなあと思ったことがある。それは小学校の修学旅行のときだ。日光の華厳の滝をすごいなあと思ってみているときに、近くで担任と校長の会話が聞こえてきた。校長は華厳の滝を初めて見たらしく、担任が感想を訊いていた。
「いやあ、実に豪快というか勇壮なものですなあ」と校長。
「そうですか、私も最初の頃はそう思ったんですよ。でも、毎年毎年観ているたびにどんどん見方が変わりましてね。今では優雅な羽衣が舞い降りるように見えるんです」
ほう、と思って思わず滝を見直すと、確かに羽衣が舞い降りるようにも見えなくもない。ま、なるほどねと思いつつ、きっとこの人は何かというとこれを言いたくてしかたないんだろうなとも意地悪く思った。僕はこの担任があまり好きではなかったからだ。生意気でいやなガキだったからな。
それでも、このことが今も記憶に鮮明なのは、ものの見方というものがいかようにも変わるという認識を初めてもったときだったからかもしれない。華厳の滝と言えば、いまでもすぐにこれを思い出す。