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菅野所長のエッセイ:学問は自由を守れるか

先週は、後半に出かけてしまったのでコラムは休筆でした。

最近の橋下徹はだいぶ物言いがよくなってきたなあと感じていたが、学術会議では失態を犯したね。
彼は弁護士だから盛んに法的なレベルで、政府のやっていることは違法ではなく合法と言う。確かに厳密に条文を読むと「任命拒否」ができなくもない。
もうひとつの論拠は学術会議が民間ではないから文句は言えないというものだ。アメリカやイギリスは民間だから自立した主張ができるが、日本はそうはいかないと。
ところが、アメリカやイギリスは民間ではなく、日本よりも巨額な運営資金が国から出ていることがのちにわかる。橋下があんまり自信満々に言うし、フジTVの平井解説委員に至っては「学術会議のメンバーはその後学士院の会員になって250万円の年金をもらえる」「これ、全部皆さんの税金から出るんですよ」とあおり、その結果、ネットでは激アツな学術会議バッシングが始まる。しかし、これも事実とおおいに異なる。この平井は杉田水脈も積極的にかばうトンデモなのだが。
双方とも間接的に謝罪するが、それで済ませていいんだろうか。テレビで専門的風に言う人間が根拠を確かめずに言うのは無責任きわまりないよね。
と書いた直後、かつて自分がテレビやメディアによく出ていた頃を思い出した。僕に求められるコメントはつねに心理学的立場からなのだが、そもそもこの心理学的な根拠というものがひじょうに怪しいわけで、僕としては、「それははっきりとこうなんです」「こういうことなんです」は言えないことが多かった。そうやっていると、だんだんとお呼びがかからなくなる。それはそれでとてもホッとしたのだが、僕と違ってお呼びがかかる心理学者たちを観ていると「そんなこと言っちゃっていいの?」ということを平気で言うのである。ああ、こういう人じゃないとダメなのね。僕には無理だったなあ。

橋下徹はそれがウリだし、視聴率のためなら、これくらいのトラブルが起きたほうがいいと確信しているテレビ局にも支えられてるしね。でも、プライドを忘れちゃだめだぜ。

で、しかし、僕の考えでは、民間かどうかは二の次だ。この任命権は形式的であらねばならない。そう考える。

たとえば、国立大学の学長は内部選挙によって決まり、これを文部科学省大臣が任命することになっている。学術会議と同じ仕組み。でも、橋下の論で行けば、この学長はダメだと政府が思ったら、他の奴にしろと言えるわけだ。次に選んだ人も拒否、次々に拒否して、気に入った学長が選ばれるまで続けることができる。

そうなると、冗談でも何でもなく中国共産党の世界だな。結局、中国(ロシアでも北朝鮮でもいいけど)みたいな政治体制にしたいのかしたくないのか、僕たちはどちらを志向するのかという岐路なんだよね、ここは。言うまでもなく、安倍晋三は異論を排除する専制的な体制を目指した。彼が目指していたのは、暗殺や粛清のない中国やロシアの政治といったもので、今の政権もこれを継承している。中曽根の合同葬に当たっては、大学に弔意を要求してくるとか、思想統制の域だな。

橋下もまたそっちのほうに親和性があるんだろう。だから、勇み足をしてしまう。一方で、アカデミー嫌いなのはわかるけどね。変な人も多いし。でも、大学ってそういうとこなの。一般社会では通用しない人がいるところだもん。学生も含めて。
僕も大学はあまり好きじゃなかったからな。でも、世間一般が思っているよりも、学者はその社会的な身分に比して決して高給じゃない。変な人も多いけど、立派な人も多い。その振り幅は大きいね。
学術会議のあり方を見直すというのは、任命とは別の話で問題のすり替えだ。そもそも、学術に最も縁のない政治家があり方を見直すなんてのが笑止千万。

それから条文にこう書いてあるからセーフ、書いてないからアウトという法的な考えもどこかでは破綻するものだ。この辺が法律家の悲しさ、橋本の弱点だな。たとえば、山口県が、おそらくは安倍晋三の送迎用に公用車に2000万かけたと話題になった。この場合、規則ではいくら以上の車はダメとかないからこれはセーフ、オーケーと考えるのはどうかと思うね。

でも世の中全体が白か黒かの方向、ひじょうに硬い考え方になだれをうっているようにも感じられる。たとえば、判子廃止も、多くの人が賛成しているね。それはわかる。無駄だと。海外ではサインでいいと。しかし、ホテルのチェックインとか、サインで済ませられる書類ならいいが、職場の内部文書などにとっては、あれはあれで丁寧なプロセスを踏んでいると言える。たとえば、議事録などは、多くの人が目を通した方がいいのではないか。押印をしないでいいとなると、チェックも粗くなるような気がする。事務官僚にとってはむしろそれでいいのだろうが。合理的、効率的という題目だけでは世の中はいい方向にはいかないと思うね。日本がハンコ文化、ハンコ社会であるのにはそれなりの必然性があるなんだよね。

まあ、要するに、判子業界の政治資金が足りなかったということだな。守ってくれる人さえいれば、どんなに世間の評判が悪くてもまだ生き残れた。杉田水脈への糾弾を政府がガードしているのも、桜井よし子あたりの機嫌を損ねたらまずいという判断だろうしね。

こんなふうに政治のことばかり書きたくないなあ。
そこで先日の代表戦だ。コロナ禍の今回は海外組だけの選出。カメルーン戦はあまりの退屈に寝てしまったが、コートジボアール戦はなかなか見所があった。鎌田がトップ下にはいると、今の代表は鎌田のチームとなる。が、これまでの中心選手と比べると一枚落ちるな。これと攻守に走りまくる右サイドの伊東がよかった。得意ではない左サイド先発の久保は、あまり見せ場なし。右サイドは当面伊東で決まりだから苦しい立場だな。コートジボアールは強いしうまかったが、この攻撃をよく防いだ。勝ったのはバカづきにすぎないけど、守りきったのは評価できる。

日曜はGⅠ秋華賞。今年は、史上初、牡馬、牝馬揃って無敗の3冠馬が誕生するかが話題だ。牝馬の3冠目が秋華賞。
で、無敗3冠なるか、⑬デアリングタクトが大本命。①ミヤマザクラ②リアアメリア③マルターズディオサ⑤ウィンマイティー⑰ウィンマリリンの5頭への3連複で勝負。

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